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▼伝説の空手家 東谷巧!
東谷巧…映画などで、走っている車の上を飛び蹴りで飛び越えるという、荒技を見せた伝説の男である。
1975年の極真世界大会では第10位入賞。1978年の第10回大会以降、海外に渡り、現在はデンマークで芦原空手のインストラクターとして活動中だ。
彼のこれまでの武道修行や、これから空手をやる人たちへのメッセージを頂いた。
取材時2002年10月
取材場所:芦原会館 東京本部
聞き手:吉倉拓児
●格闘技入門サイトの読者のために入門の参考になるお話をお聞かせいただけたらと思います。まず、東谷さんの空手の根幹というべき、極真空手への入門の動機や経緯をお聞かせ下さい。
東谷 中学のときは剛柔流空手を学んでいて卒業してから極真空手をやろうと決めてました。上京して就職後まもなく、憧れの極真総本部の前に立ちました。
すると、入り口で偶然、あのゴッドハンド・大山倍達館長とお会いし、声をかけて頂いたんです。
私は、「中学を卒業してから、極真空手をやるために四国から上京して、江東区の鉄鋼会社に就職し、今、入門するためにここに来ました」と大山館長に伝えました。すると館長に「今の会社をやめて、うち(極真会館総本部)の職員になったらどうだ」と。言われるままに入門と同時に職員となり、空手一色の生活がはじまりました。
●それから6年が経過した1975年の極真の第1回世界大会に出場後、極真から離れましたよね。何があったんですか?
東谷 大会終了以降は、極真空手以外の武道、武術が学びたくて、まず、渋谷にある『琉球古武術振興会』で、棒術や、トンファー、ヌンチャクを習いに行きました。あとは太極拳道場へ習いに行ったり、形意拳、八卦掌などを習ったりしていました。自分の空手を完成させるためにいろいろ研究していたんですよ。もちろん、今でも研究してますけどね。
●芦原空手に移籍した理由はなんだったんですか?
東谷 17年前、知人の紹介で、デンマークの剛柔会系の空手を教えていましたが、極真空手時代の大先輩である芦原会館の芦原英幸館長に声をかけて頂いたので、それから、デンマークで、芦原空手を教えるようになったんです。
インストラクターになるために、芦原空手を芦原館長から学んだんですが、素晴らしいと思ったのは、相手の攻撃からサバキで制するのを中心とする空手なので、強引に力技で制するものはほとんどなかったことです。力学的な原理で、芦原館長が体系化した、まさに"誰にでもできる空手"でした。
年をとってからでもできる、長く続けられる素場らしい空手ですので、女性や、壮年の方にも安心して稽古が続けられます。
●これから空手をはじめたい人へ一言、お願いします。
東谷 空手はスポーツの面もありますが、武道ですので、礼儀も重要ですし、自分の心の向上も重要です。
心身共に強くなり、健康で楽しい日常生活を手に入れてほしいですね。
空手をやりたい動機は人によって様々でしょう。
試合で勝つ事だけが目的の空手も一時期はいいとは思いますが、もっと素晴らしい面が空手にはあります。
空手や護身術を更に研究して、自分だけの空手を完成させるのもいい。
完成したときには、かなりの教養も身につき、奥の深い、素晴らしい人間になっているでしょうし、それを一般市民に教えるのもいいでしょう。
健康運動として高齢者に教えてもいい。指導者だけでなくとも、日常の趣味として、空手を続ける人たちは、かけがえのない健康が手に入ります。
良い道場、先生を見つけ、素晴らしい空手ライフを送ってください。
●それでは最後に今後の空手家としての目標をお聞かせ下さい。
東谷 指導の目標は、今、本業で、福祉関係の仕事をしているので、仕事の延長で、身体の不自由な人にも健康運動としての一つとしての空手も教えていきたいですね。
また、個人的な空手の目標としては、今は芦原空手に中国拳法の意拳などの気功の長所を取り入れたものを考えて毎日稽古・研究していますが、形になるまでにはまだまだ先は長いですよ。空手を始めてもう30年以上経つんですがね。
デンマークにお越しのさいには、是非、芦原会館に遊びに来て下さい。 押忍!
★もっと読みたい方は、2002年12月23日発売の『ゴング格闘技』をご覧下さい。2ページに渡って、伝説の真相が明らかになっています。
『ゴング格闘技』オフィシャルホームページ
プロフィール
ひがしたに・たくみ
1954年9月2日生まれ。
高知県出身。身長172cm・75kg(現役時72kg)
中学卒業後、上京し、極真会館総本部に入門。同時に大山倍達館長の勧めで職員となる。第1回世界大会10位。
現・芦原会館デンマーク支部インストラクター。
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