〜加藤清尚
(大道塾)〜
その7(最終回)
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“奇跡だ”なんて言って欲しくない!
2000年5月27日、宮城県スポーツセンター。「北斗旗体力別空手道選手権」に加藤さんはエントリーした。この大会のパンフレットにコメントを求められ、僕は次のように答えた。
「人が自分を信じきるという奇跡を、僕はこの目で見たいし、信じたい」
実際、足を複雑骨折して生死の境をさまよった人間が、空手の大会に出ること自体が奇跡以外の何ものでもない。加藤さんが戦いの舞台に上がる、それだけでも十分な奇跡のはずである。しかし、人間というものはなんて欲張りなのか。出るからには優勝して欲しい、この人なら優勝できるはずだと、勝手に思い込んでしまうのだから。
ところが、僕はこの大事な日にちょんぼをしてしまった。当時、僕は『ゴング格闘技』編集部にいた。その締め切りが当日の朝で、午前6時に全ての入稿を終えて仙台へ向かうつもりだったのである。それなのに、入稿が遅れて東京駅を出発したのは午前8時。大会の開始時間が午前9時半だったから、1時間は遅刻する。
何とか加藤さんの1回戦に間に合ってくれ…祈るような気持ちで、僕は新幹線の中にいた。仙台駅に着くと急いでタクシーに乗り込み、宮城県スポーツセンターに急いだ。場内ではまだ1回戦を行っていた。間に合ったか? …と思ったのも束の間、知り合いのライターが僕の顔を見かけると、わざわざ歩み寄ってきて教えてくれた。
「加藤さん、1回戦で負けましたよ」
あ、そう…その後の言葉が続かなかった。様々な思いが頭を過ぎった。やはり無理だったのか…その試合を見逃すなんて…もう少し速く出ていれば…これで本当に最後なんだろうな…など。続けて、そのライターはこんなことを言っていたと記憶している。
「格闘技って本当に残酷ですよね。奇跡も神もない」
彼の言った言葉を、僕は心の中で何度も繰り返した。残酷? 奇跡? 神? そんなもの、あるわけないじゃないかという思いと、この場に立ったこと自体が軌跡なんだからもう十分だ、という思いが交差した。一言、声を掛けに行こうかとも思ったが、やはりやめた。同じである。一体、何て声を掛ければいいのか思いつかなかった。
幸いにも、テレビの知り合いがビデオを送ってくれると申し出てくれた。結果を教えてくれたライターさんと、テレビのプロデューサーさんの優しさが落ち込んでいた心に染みた。
後日、ビデオで試合を確認した。加藤さんの動きは途中まで悪くなかったが、途中で足がカクッと折れ、その瞬間に右フックをもらって効果を奪われていた。やはり足が…。何とも言えない気持ちになったのだが、さらに後日、加藤さんに会った時にその話をすると彼は怒り出した。
「とんでもない! 足は何ともなかったですよ。舞台の板と板の間に隙間が出来ていて、そこに躓いたような形になった時にパンチをもらってしまったんです」と加藤さん。そうだったのか、と思うと同時に、何でこの人だけがこれほどアンラッキーなのだろうと再び落ち込むことになった。
しかし、加藤さんは「次も出ます」と言う。自分ではイケルという感触があったそうだ。だが、秋に行われた無差別大会に加藤さんの姿はなかった。サンドバッグを蹴っている時に、足を痛めたのだという。
諦めよう、と思った。やはり無理だ、格闘技はそんなに甘いものじゃない。奇跡なんてそんなに簡単に起こるものじゃない、と。このまま出続けたら、加藤さんがみじめになるだけじゃないかと、どうしようもなく勝手でネガティブな考え方に変わってきた。
ところがーー奇跡は起きた。翌年2001年の北斗旗体力別、中量級にエントリーした加藤さんはなんと優勝を遂げたのである。信じられない思いでいっぱいだった。僕はこの時、現場から半分上がった状態で取材に行けなかったのだが、派遣したライターから電話をもらった時は、行けなかった事を心底悔やんだ。
翌日、さっそく加藤さんに電話をしてお祝いの言葉を伝えた。正直、僕は諦めてました。でも、奇跡って本当に起きるんですね。すると、加藤さんにまた怒られた。「奇跡、なんて言わないで下さい。奇跡って偶然みたいじゃないですか。自分は絶対に優勝できると信じていたし、その自信もあった。練習の積み重ねですから、努力が実ったと言ってください」。
奇跡の優勝という言葉だけは、絶対に雑誌にも使って欲しくない。加藤さんは強い口調でそう訴えた。やっぱりこの人は素晴らしい、と思った。ハッキリ言って感動した。本物の武道家を見た思いだ。数多くのスポーツマンが負傷から立ち直るドラマを演じたが、加藤さんほど壮絶な復活ドラマを演じたアスリートを僕は知らない。
その後、加藤さんは2001年の北斗旗世界大会に出場。中量級2回戦で両拳を骨折し、それでも最後まで戦い抜いて勝利を収め、棄権した。
世界大会に出場するという、加藤さんの当初の目的は達成された。優勝こそ出来なかったが、完全燃焼とも言える内容だったのではないか…と言うのも、僕の勝手な想像に過ぎなかった。加藤さんは「北斗旗では十分やったので、他の格闘技にチャレンジしてみたい」と、世界大会後に語っている。
後進の指導をしながら、次の戦いへ向けて練習を積んでいる加藤さん。次はどんな努力を実らせるのか、楽しみでならない。僕は多くの人に知って欲しい。こんなに素晴らしく、不屈の闘志を持った格闘家がいることを。そして、人が自分を信じきる奇跡を現実のものとした、本物の男がいることをーー。(完)
道場紹介:加藤清尚の道場 東京都大田区
千葉県市川市
※次回からは「吉鷹弘・編」をお届けします。ご期待下さい。
2004年4月上旬 掲載予定